染める

通り過ぎる季節、とどまる色

通り過ぎる季節、とどまる色

以前、「通り過ぎる季節、とどまる色」という作品を作りました。

今日はその作品のこと、昨日書いたことを絡めて書きたいと思います。

目次

1.通り過ぎる季節、とどまる色

2.「みんなの願い」を見て感じた罪悪感

3.おわりに

通り過ぎる季節、とどまる色

通り過ぎる季節、とどまる色

以前のメモをひっぱり出してきました。

道端に生えている草花や生活の中で使用したものを染め、切ってつなげた。

膨大な量を染め、縫いつなげた。

色が薄かろうが、濃かろうが全て同じように取り入れようと決めていた。

どんな色にも生きた跡がある。

季節は通り過ぎてしまうが、色は残る。

作品はこんな思いで作りました。

通り過ぎる季節、とどまる色

作った当初は、やり遂げた感がありました。
展示させていただいたことは、本当にありがたかったです。

でも、全てが終わったあと、ちょっと落ち込みました。

全ての色を見せたいと思っていたのに、自分のやり方が悪くて生地が余ってしまった。

染めた全部の色を見てもらおうと思っていたのに、見せられなかった。

ただでさえ大きいものだったのに、植物を必要以上に採って、染めてしまったんじゃないかなと。

やってみないとわからないことだけれど、もっとうまくできたんじゃないかなあと思ってしまった。

「みんなの願い」を見て感じた罪悪感

昨日書いたものです。

「みんなの願い」を知ったけれど

「みんなの願い」を見てもやもやした気持ちになった。

「通り過ぎる季節、とどまる色」を作ったあとのときのような感覚。

人間が生きる為だけのことを考えたとして…動物をいただくのは生きる為だからしょうがない。

仕事として、芸術、工芸としてなど全てとっぱらって考えてみると、染めることはできなくても生きていくことはできる。

でも、絶対に必要なものではないかもしれないけれど、豊かにしてくれる。

色々と考えても、作りたい、染めたいという思いはなくならないのだと思う。

いただいているのだからせめて綺麗に見せられたらよかった。

作れなかった時期は体調もあるけれど、1番は罪悪感だったのかもしれない。

たくさん採りすぎたこと、全て見せられなかったことを思いだしてもやもやしてしまったのだと思う。

おわりに

何度も同じようなことを書いている気がするけれど、何かをきっかけに「忘れるな」という思いが現れる。

  • 植物を使って染めるのなら採りすぎない
  • いただいていることを忘れない

やりすぎないこと、いただいている、という思いはいつもとどめておきたい。

そんな感じで終わります。